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        東京理科大学理学部第一部数学科 教授 安部直人
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新設 07月06日
脱背理法と大学入試問題
脱背理法と大学入試問題

この頁のみ見る方のため、他の頁と重複することも書きます。

十数年前から脱背理法教育
(通常背理法で証明される定理を背理法を用いず証明する)を
東京理科大学数学科で実践しています。(理学部数学系教員の
方たちや数学科の卒業生は周知のことと思います。)

 例えば、本HP01頁(説明も)にあるような
 素因数分解を習った中学生なら誰でもわかる3行の直接証明:
 「自然数 a,b につき、
  aa と 2bb の素因数の個数は偶数と奇数
  で異なるから aa≠2bb、よって √2≠a/b。」
 (不要かもしれませんが少し説明を加えます。
 a と b を素数の積で表したとき、
 その素数(素因数)の個数をそれぞれ s と t とすれば、
 aa と 2bb の素因数の個数は s+s=2s と 1+t+t=2t+1 です。)

これを、
 高校数学A教科書にある、準備を込めて1頁近く要する背理法証明
と比較してみてください。この証明が短いということも利点ですが、
証明途中に述べられていることは正しく、
説明さえ詳しければ必ず理解納得できます。
 一方、背理法の証明の中では、
結果的に正しくない仮定から論理的に正しくない矛盾を導くわけですから、
途中に更に多くの誤った主張が並びます。
誤った主張は誰も(天才でさえ)理解納得はできません。
例えば、1+1=3 を理解納得せよといわれている困ります。

 一方、数学教育の現状では
(*) 「√2 は無理数であることの証明は、
   背理法を使う以外の方法はない」
という誤った(上の証明が反例)認識を持っている
人たち(以下、仮に「背理法依存者」といいます)が多数います。
これは、全世界的のようですし、数学者の中にも多数います。

 その証拠に、解りやすく簡潔な証明が教育的に期待される
「文科省の検定教科書」に載っているのが
「背理法の中でも簡潔とはいえない
 (HP01では、長さ半分以下の背理法証明を紹介しています)
 背理法証明のみです。」
つまり、著者はこれが最良と認識しているのです。
(著者の意見に反して最良な証明法を載せないように
文科省が指導していたとすれば、そちらの方が大問題です。)

 中学・高校以上の数学教員が背理法依存者であれば、
生徒・学生が上記の3行の直接証明をみつけて(十分にあり得ます)、
「√2 が無理数であることの、背理法を使わない証明ができました」
といって持ってきても、真剣に対応するとは望めません。
教育上大きな問題ではないでしょうか?

 このような誤った認識に輪をかけるのが、
 「大学の数学教員が、自分の書いた数学書の中で (*) を公言している。」
ことです。

 例えば、某有名私立大学の教授(数学基礎論を教えているらしい)は、
その数理論理学の教科書(2010年版)の p63-64 において、
下記の内容の主張をしています:
  「実数 a が無理数である」
  ことを証明するには,
  「実数 a が有理数である」
  ということを仮定し,矛盾を導くという以外の方法はない.
と断言していますが、
その例 ( a が √2 の場合) として、高校数学A教科書の証明をあげています。

 これが誤りであることの反例は、
上記の中学生にも完全理解可能な3行の直接証明です。
(この直接証明では、
有理数であるとも仮定していないし、矛盾も導いていません。)
( 数学では、ある一般的な主張が誤りであること示すのには、
一つの反例で十分ですが、)
より多くの反例があることは
 2013年理科大学理学部数学科入試問題大問2
が背理法を用いず証明可能であることから解ります。
なお、円周率 π (これは、阪大の入試問題を非背理法に書き換えたものを
述べます)や自然対数の底 e が無理数であることも背理法を用いず証明可能です。

この例のように、有名私立大学の教授がその著書の中で断定していれば、
彼の説を信じる背理法依存者も多くいると想像されます。

実際、2013年理学部数学科入試直後から
出題の内容が偶々既設の私の脱背理法の趣旨と合致するためか、
私のHPのアクセス数は3桁/日を超える日が続きました。
(上記の入試日より以前では、2桁/日程度でした)
また、メールでも解答不能問題ではないかとの問い合わせ
(入試のことで私に訊かれても困るのですが、
HPを以前より見てくれている方や、
卒業生で私の教育理念を知っていたとのことでした)を多く戴きました。
教育・出版関係に就職している理学部数学科の卒業生数名からは、
「大学が早く模範解答を出さないと
 理科大が解答不能問題を出したと誤解される」
という趣旨の連絡も貰いました。

私は大変に良い問題が出題されたと感心していますし、
背理法を使わない証明もいくつも思いつきます。

大学がどんな模範解答を出すのか大変興味あるのですが、
理科大学は出題者名や模範解答を公開していませんので、
お願いして、大学の公式HPで模範解答を発表してもらうことはできません。

また、私はこの十数年背理法を用いない教育をしてきましたので、
理学部数学科の卒業生諸氏や学内外のかなりの方がそのことをご存知です。

今回の入試問題の趣旨は偶々一致しているので、
数学科の誰かが個人的に解説を書くならば、
今回の問題の趣旨と一致する私がその個人的な解説を
数学科オリジナルHPの私が開設している脱背理法のHPに
書くのが自然と考えました。

大学自体は模範解答・出題者等は公表していないので、
個人的な解説です。

東京理科大学 入学試験問題 数学
2013年理学部 数学科
大問2において、
「この問題の解答に背理法を用いてはならない。
なお, 必要なら正の整数に関す る素因数分解を用いてよい。
以下の各問に答えよ。」
と注意書きがしてあり、以下概略:

(1)(a) 「正整数 m の常用対数 logm につき、
  logm が有理数ならば logm は整数」を証明せよ。
 (b)  (a)に述べられた事実を用いて、2013 までの m につき、
  logm が有理数か無理数か判定せよ。

(2)(a) 「正整数 m,n と、m の正n乗根 m^(1/n) につき、
  m^(1/n) が有理数ならば m^(1/n) は整数」を証明せよ。
 (b)  (a)に述べられた事実を用いて、2013 までの m につき、
  m^(1/6) が有理数か無理数か判定せよ。
  (c)  (a)に述べられた事実を用いて、2013 までの m につき、
  √m が有理数か無理数か判定せよ。

という趣旨の問題が出題されている。

この問題の解法につき、脱背理法の立場から概略を述べます。
(本HPのアクセス数が多ければ、いくつか別証も入れて
近日中に pdf 版も掲載する予定です。)

(1) (a) m=1 の時は、log1=0 で整数。以下、m>1 の場合を考える。
 互いに素な正整数 a,b で logm=a/b と表せば、
 定義より m=10^(a/b) であるから、m^b=10^a=(2^a)(5^a)。
 素因数分解を考えれば、正整数 s, t で m=(2^s)(5^t) と表される。
 指数公式より、(2^a)(5^a)=m^b=(2^(bs))(5^(bt)) であるから、a=bs。
 よって、b は a の約数であるが、互いに素なので b=1。
 故に、logm=a/b=a で整数。
(他に、ベキ指数または、p進付値を使う短い直接証明あり。)

 (b)  logm が有理数となるのは、非負整数 a につき m=10^a のときに限る
 ので、・・・

(2 )(a) 互いに素な正整数 a,b で m^(1/n)=a/b と表せば、m/1=(a^n)/(b^n)。
 a^n, b^n も互いに素なので、両辺共に既約分数であり、
 b^n=1 即ちより b=1 が得られて、m^(1/n)=a/b=a で整数。
(いろいろな直接証明があるが、特に数論を使わない直接証明もある。)
(これより、簡潔な背理法証明があれば、ご教示ください。)

 (b) m^(1/n) が有理数となるのは、正整数 a につき m=a^n のときに限る
 ので、n=6 のときを考えれば・・・

 (c) n=2 のときを考えれば・・・


 上記の「互いに素な正整数 a,b につき、a^n, b^n も互いに素」
というのは、 a,b の素因数分解(中学で既習)を考えれば、
「a, b が互いに素」は「a, b は共通素因数を持たない」
と同値ですからすぐに解ります。

 これらの問題は、このタイプの問題の
「有理数か無理数の完全な判定条件」
を与えているので、これらの証明を知ってさえいれば、
このタイプの問題は全て解けることになります。

 時々、素因数分解の存在と一意性を
わざわざ背理法で証明している本があるため、
素因数分解を使うのをためらう受験生がいることが考えられるので、
「なお, 必要なら正の整数に関する素因数分解を用いてよい。 」
のヒントが入っているものと想像されます。

上記の数学科の「背理法を禁止する問題」の出題意図は想像ですが、

[1] (1)(b) では log3 ,
  (2)(c) では √2
という高校教科書では背理法で証明されている無理数がでています。
これを見て、
 「無理数性は背理法」「困った時は背理法」
という一種の受験テクニックに振り回され、
問題 (a) においても背理法(無駄な時間・手間)を使ってしまう
ことを危惧し、簡単な直接証明を促すヒントとして背理法を禁止している
と思われます。

 (以下はHPに詳しく述べたことを簡略化したものです。)

[2] 背理法は数学的内容を理解しなくても(できない)完遂できるので、
論理的に証明ができる能力は解っても、数学の能力の判断は困難です。
といっても、上のような簡単な直接証明があるので、
大した数学の能力は必要ないかもしれません。

[3] 背理法が完遂できていない場合、誤った中間結果に
公平妥当な部分点が付け難い。


折を見て、
「背理法を強要する入試問題」や「背理法の解法が普及している入試問題」
の過去問の解説と対策をしていこうと思います。
予定を述べようとしたら、対偶で解けてしまった。

京都大学2006年
 tan1°は有理数か。

 解答 加法定理と漸化式を考えれば、tan60°= √3 (無理数)は x=tan1°の
「有理数係数の多項式を分母子とする分数式」 f(x) となるので、
tan1°は無理数。 証明終

これだと、減点されるかもしれないので、
無理数性証明で使える一般論:

「有理数係数の多項式を分母子とする分数式 f(x) につき、
(有理数(全体の集合)は四則演算につき閉じているので、)
  x が有理数ならば、f(x) も有理数
対偶を考えれば
 f(x) が無理数ならば、x も無理数。」

を書いておけばよいと思います。
(単に同値な対偶を考えるだけですが、断っておく方が無難です。)

 なお、 √3 が無理数なことはHP(01頁)の最初に述べた3行の直接証明で、
2 を 3 に替えればそのまま成立します。解答にはこれも入れておくべきです。
(採点者は多分、√3 が無理数は当たり前とは思っていないからです。)

 この問題は大変楽しく発展性のある問題で、出題者に脱帽です。

 附記 2013年理科大数学科の問題の解説を考えていたら、
このタイプの入試問題の一般化ができました。(脱背理法の方針だと、
途中の全ての結果が正しいので、完全理解できますから、
こういうことは良くあります。)

定理 「有理数 r に対して、tanπr が有理数ならば tanπr ∈{0, ±1}。」

勿論、背理法を用いないで証明できます。これの対偶を考えれば、

「有理数 r に対して、 ¬(tanπr ∈{0, ±1} ) ならば tanπr は有理数ではない。」

特に、京大の問題では、0<1°= π/180 < π/4 であり、0 < tan1°<1 なので、
tan1°は有理数ではない。

同様に、次の定理も背理法を用いず証明可能です。

定理 「有理数 r に対して、cosπr が有理数ならば cosπr ∈{0, ±1/2, ±1}。」

定理 「有理数 r に対して、sinπr が有理数ならば sinπr ∈{0, ±1/2, ±1}。」

これの対偶を考えれば、

「有理数 r に対して、cosπr ∈{0, ±1/2, ±1} でなければ cosπr は無理数」

「有理数 r に対して、sinπr ∈{0, ±1/2, ±1} でなければ sinπr は無理数」

ここまで一般化しておけば、このタイプの無理数性の判定は完全でしょう。
すべて、pdf でアップします。遅れていることへの言い訳です。
なお、2013年理科大数学科の別解のうち、ベキ指数を使用する分は別の機会に
書くことにしました。

 なお、上記の角度がラジアンの場合、

定理 「x が 0 でない有理数のとき、
 cosx, sinx, tanx の値は(x が定義域に入っている時)無理数。」

が背理法を用いず証明できます。しかし背理法より短いが、長い証明です。これから次はすぐに得られます。

系 「πは無理数。」

実際「πは無理数」を証明させる入試問題:

大阪大学2003年
 (1)(2)と誘導して、(3)でπの無理数性を背理法で示す。
 「πの無理数性」だけ証明するなら、(2) のみ使って非背理法で
証明可能であり、全体で半分以下になります。
つまり、誘導は下手ですが、(3) の背理法の設問の仕方から、
解答はほぼ一通りになるよう工夫されています。
背理法証明の多様性を認識しており、部分点が付けやすいように
誘導しています。

以下非背理法による証明のヒント:

一般論[整式の値] 「x の整数係数多項式 A(x) につき、
 「x が整数ならば、A(x) も整数」 (これは当たり前)
の対偶:
 「A(x) が整数でないならば、x も整数でない」
を使えばよい。
なお、これを使うために、0<A(x)<1 で A(x) が整数でないことを示す。

より詳しく
正整数 p に対して、x=p/π , An(x)= p^nIn とおけば、(2) より、
A0(x) = I0 = 2, A1(x) = pI1 = 4x, An+1(x)=(4n+2)xAn(x)-p^2An-1(x)
なので、An(x) は x に関する整数係数多項式である。これより、
(0) An(x) が整数でないならば、x も整数でない。
一方、0<t<1 に対して、0<t^n(1-t)^nsinπt<1 であるから、
           0<In<π^(n+1)/n!
これから、
          0<An(x)=p^nIn<π(pπ)^n/n!
(*) n→∞のとき、y^n/n!→0 であるから、十分大きな n に対して、
           0<An(x)<π(pπ)^n/n!<1
故に、An(x) は整数ではないので、(0) より、x =p/π も整数でない。
つまり、正整数 p,q に対して、π≠p/q で無理数。 証明終

(読みにくくてごめんなさい、後で必ずtex でうって pdf 版アップします。)

なお、(*) の事実は
 m>2|y| をみたす自然数 m をとり、M=|y|^m/m! とおけば、n>m に対して、
   0≦|y^n/n!|=M・|y|/(m+1)・・・|y|/n≦M/(2^(n-m))→0
で示されますが、大学入試ではこれも書いておいたほうが良いです。

 なお、一般論[整式の値]を使えば、自然対数の底 e の無理数性も
背理法を用いず証明できます。これは、πの無理数性より容易です。
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