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        東京理科大学理学部第一部数学科 教授 安部直人
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2012年11月23日 8時56分
数学記号の誤用
 高校教科書に
「log2=0.3010 として、次の問いに答よ。」
等の記述がありますが、仮定:
「log2=0.3010 」(正しくない)
からは「矛盾律」により、任意の命題が証明できますし、
穴埋め問題では(笑)補題(J.N.Abe)により任意の自然数が等しいので任意の自然数が正解になります。つまり、問題としては無意味です。

 教科書中であれば、上記等号「=」は近似的な等号で
○ 「0.3010<log2<0.3011 」(正しい)
の意味であることその前後の文脈からは判別できますが、教科書の常用対数の項目には厳密な意味での「=」が出てきますので、数学記号「=」が多義的に用いられています。

 数学は厳密性が主たるセールスポイントの一つであり、そのために
○ 「数学記号(この場合=)の一義性は最重要事項」
です。この立場からは、教科書中でも
「log2=0.3010 」は数学記号「=」の誤用です。
更には、国際的な=の使い方に反していますので、外国で教育を受けたものが上のような記述のある問いを見たときに、日本の数学教育のレベルを疑われます。

 また、大学入試では、「日本の高校教科書」を使って教育を受けたもののみに受験を許可しているわけではないので、日本のローカル・ルールである
「log2=0.3010 は 0.3010<log2<0.3011 のこととする」
は通用しません。それでも入試問題に
「log2=0.3010 として、次の問いに答よ。」
「 6^30 は何桁の整数か。ただし,log2=0.3010,log3=0.4771 とする。」
と同様な記述で出題している大学があります。もし、国際訴訟にでもなったら、責任は文科省に転嫁可能できますが、日本が国主導の下変な数学教育をしていることが国際的に明らかになってしまいます。

 このような、数学記号の誤用は、実は数学専門書でも多数見られます。例えば、線形代数で基底Bを表現するのに、順序がついている:
  ベクトル列 a_1, ・・・, a_n
をその元の順序が関係しない:
  集合 B={ a_1, ・・・, a_n }
で表している教科書が多数あります。
(正しくは、順序n組 B=( a_1,・・・, a_n ) または B=< a_1, ・・・, a_n > )

 ( a_1, ・・・, a_n ) から { a_1, ・・・, a_n } は決まりますが、 { a_1, ・・・, a_n } から ( a_1, ・・・, a_n ) を決めるには n! 通りの場合があるので一意に決まりません。これは、集合の記号「{ }」の完全な誤用です。昔からよくある誤用なので、教科書を書く人が良く考えず(理解せず)に、自分が読んだ教科書の単なる猿真似をしているとしか思えません。これも(下手な)背理法と同様に、数学教育における負の文化遺産と思えます。

 特に、数学記号の誤用は初学者には大変な迷惑です。私は中学の頃に、高校の数学と物理学を終えた後、将来の専攻を数学か物理学か迷っていました。3年の時初めて読んだ本格的線型代数の教科書が上の誤用や高校数学レベルでも解る誤った数学的主張(これも集合がらみ)をしていたので数学者 (著者は高名な数学者)の厳密さに疑問を持ち、数学は趣味として将来は物理学を専攻しようと決めました。
 この線形代数の教科書は兄が駒場の教養課程を終えたときに貰ったものでしたが、その後書名が変わり増補改訂されました。しかし、私が中学生のときに見つけた数学的誤りや記号の誤用は現在の最新版をみても未だ訂正されていません。
(このような本があれば、現代の書籍離れは当然でしょう。HP等で訂正箇所を公開するとかの保障しないと、理系新刊書を買うのは自分で誤りを訂正できる人しかいなくなる。現代の出版形式では、理系出版物は「アフターケアのないソフトウェア」でゲームソフト以下です。)
 東大理 I 教養課程では長期間使っていたようですが、その間教えていた教員(兄は真面目に講義に出席し書き込みも多くしていましたが、講義での訂正は一切無かったようです)と学生(現在数学者となっている人も多数いる)の程度(中坊以下か?)を疑います。今振り返ってみると、「誤りをスルーしてしまわなかった」当時の自分を褒めてあげたい。
 私が大学受験のときは安田講堂事件で東大入試がなかった(東大は国立大学なのにこんなバカな運営が許される)のですが、東大に然程未練がなかったのもこの教科書を読んでいたこともあると思います。(東大現役合格以外は大学へ行く価値無しのような環境で子供の頃から育てられたのに、高3の頃には「東大も『バカばっか』で入学したら注意しないとバカがうつる」という意識になっていました。)
 なお、現在は「東大は確かにバカも多いが、『バカばっか』ではない」と思っています。また、上記の線形代数の教科書の悪口だけ書きましたが、他の本にはない大変役に立つこと(数学を専攻すれば)も書いてありました。批判力のない初学者向きではなく、ある程度批判力があり誤りを訂正できるレベルの者が読むべき本なのですが、実際には教員も気付かずそのままとなり、負の文化遺産と化してしまったようです。「バカとハサミは使いよう」の使えない実例。
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